海外移住をする前に

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Before the emigration!?

目標は海外移住!!けどその前に…

【プノンペン】トゥール・スレン虐殺犯罪博物館

おはようございます。

プノンペンへ移動後も、朝のラジオ体操日課を続けています!

 

トゥール・スレン虐殺犯罪博物館

今日はトゥクトゥクへ乗って、トゥール・スレン博物館へ行きました。

この博物館は、ポルポト政権時代S21と呼ばれ、多くの拷問や虐殺が行われた収容所です。

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カンボジアの過去ー ※一部ウィキぺディア抜粋

カンボジアでは1975年、クメール・ルージュによって政権奪取され、

国名が「民主カンプチア」に改められます。

これがよく知られている、ポルポト率いる政権が支配する時代の国名です。

 

ポルポト毛沢東の思想に影響を受けており、共産主義社会の中でも過激な

「原始共産主義を進めます。

 

彼は「階級のない完全共産主義社会」の実現と共に、食料生産を増やすため、

多くの大都市市民や知識人、専門家たちの財産・身分を剥奪し、

農業に従事させるため、農村部に強制移住させました。

 

移住させられた人々の多くは、「集団農場」で過酷な労働条件のもと農業を強いられ、

飢饉、病気などで亡くなりました。

 

また知識人階級(医師、教師、技術者、専門家など)は

「反乱を起こす可能性がある」とされ殺害されました。

 

そのうち、政策は激化し、

眼鏡をかけているだけで知識人として殺されたり、

手が綺麗なだけで、農業をしていないと見なされ、殺されるようになります。

 

S21はそうした人々が次々に連行され、収容された場所です。

ここへ連れて来られた人はほぼ皆、酷い扱いを受け、拷問ののちに虐殺されています。

 

こうした歴史的背景から、カンボジアにはこの世代の医師や教師のような人たちがいません。

だから医療も、教育も、他国に比べ発達が遅れています。

 

話は戻り、トゥール・スレン博物館の見学の話です。

 

このトゥール・スレンは、プノンペンの有名な観光地の1つでもあり、

この日も多国籍の観光客がたくさん訪れていました。

 

入り口で入場料6ドルを支払うと、出身国を聞かれます。

「日本人」と応えると、ヘッドフォンとトランシーバーのようなものを渡されます。

 

これがガイドになっており、

母国語で詳しい解説を聞きながら博物館の中を見学できます。

 

中にはかなり酷い写真や拷問の道具が展示されていたり、

証言の内容もあまりに酷い内容だったりするため、

こういうことに弱い人は気分が悪くなると思います。

 

私も何度も気持ち悪くなり、中庭で休憩しながら

時にはいくつか展示物を飛ばしつつ、見学しました。

 

いい気分がするところでは決してないけれど、

ちゃんと歴史を理解したいと思うし、

ちゃんと目をそらさないで受け止めなきゃいけないと思います。

 

そして私ももう少し歴史を学びたいなと思います。

 

カンボジアのこの歴史は、カンボジア一国でなく、冷戦下のアメリカ、ソ連はじめ、

フランス、ベトナムなどの国との密接な関わりの中で起こった事実です。

 

 

プノンペンに訪れた際は是非、

トゥール・スレン博物館に足を運んでみてください。

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プノンペンで働いている日本の方々

 

この日は、プノンペンで働いている日本人の方2人にお会いしました。

 

1人はプノンペンで建設関連を行っている方。

日本企業から、プノンペンで建設のプロジェクトを任されており、

プロジェクト遂行中とのこと。

私の先輩の同期ということで、お願いして時間を作っていただきました!

 

もう1人は、NPOの方でカンボジアへ医者や、救急車、消防車などを送り、

医療関係の全面支援をしている方です。

カンボジア政府だけでなく、日本政府や大手企業と共に事業を行っています。

 

救える命を一つでも多くしようと活動されています。

考え方が本当に素晴らしい・・・!!

 

 

こうして行動してみると、いろんな方がカンボジアで様々な職業をして働いていて、

今まで分からなかったたくさんの情報が得られています。

 

行動あるのみ!!!!です!!笑